日本で最初の生コン工場は昭和24年11月15日竣工で、東京コンクリート工業梶i磐城セメント鰍ェ設立)、その後磐城コンクリート梶A磐城セメント(現、住友大阪セメント梶jを経て現在の東京エスオーシー葛ニ平橋工場である。
すべてのパイオニアがそうであるように、製造面と同様に輸送面では苦労が多かった。アメリカではミキサートラックが普及している情報は伝わっていたが、当時はそれを輸入できる時代ではなかった。
ダンプトラックさえ簡単には手に入らなかった。創業当時は、輸送面で苦労が有った様ですが試行錯誤の末、昭和25年から、使用していたダンプトラックからアジテータダンプトラック(攪拌翼付きダンプトラック)を考案し、輸送方法も確立し、安定した品質の生コンが供給され普及し始めました。
その後、現在のミキサー車の原型となった、傾胴型トラックアジテータ車の開発は昭和26年に磐城コンクリートが犬塚製作所と共同で研究を始め、実物の3分の1程度の小型により種々実験を重ね昭和27年に国産第1号の試作車を完成した。
国産初の傾胴型トラックアジテータ車の開発の成功により生コン発展の基となった。 |